| 回勅 教会にいのちを与える聖体 |
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回勅
教会にいのちを与える聖体
使徒的書簡『新千年期の初めに』と、それをマリアの側から補完した『おとめマリアのロザリオ』で、わたしは大聖年の遺産について教会に向かって語りました。それらに続く本回勅によって、わたしは先に述べた聖体への「驚き」を再び燃え立たせたいと思います。(本文6番) |
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| 使徒的書簡 主よ、一緒にお泊まりください |
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使徒的書簡
主よ、一緒にお泊まりください
大聖年以降、教皇は「主のみ顔の観想」を常にテーマとして掲げてきました。そして「昇りつづける旅の高い地点での統合の年」として2005年10月までを「聖体の年」と定めました。
本使徒的書簡において教皇は、共同体の源泉である聖体は、すべてを超えて祝われるべき偉大な神秘であることを再確認し、聖体の年を豊かに実り多く過ごすよう招いています。 |
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| 使徒的書簡
主の日 |
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使徒的書簡
主の日日曜日の重要性
「もし、すべての人が使徒的書簡『主の日-日曜日の重要性-』に書かれているわたしのことばをもう一度読んでくれるならばうれしく思います」(主よ、一緒にお泊まりください 23番) |
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| 使徒的書簡 新千年期の初めに |
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使徒的書簡
新千年期の初めに
新世紀の初めに踏み出すわたしたちの歩みは、世界の道を駆けめぐるにあたり迅速でなければなりません。(中略)歩む道はたくさんあります。しかし、ただ一つの交わり、つまり、聖体とみことばの食卓で日々養われる交わりによって、固く結ばれている者同士の間に隔たりがあってはなりません。(本文58番) |
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| 使徒的書簡 おとめマリアのロザリオ |
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使徒的書簡
おとめマリアのロザリオ
わたしが、使徒的書簡『おとめマリアのロザリオ』で奨励した、聖書的、またキリスト中心的な形式のうちにロザリオが深く理解されるとき、それ自体、聖体の観想、それもわたしたちの同伴者であり導き手であるマリアとともに行われる観想への導入によく適していることが分かるでしょう。(主よ、一緒にお泊まりください 18番) |
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